フランク・ジュエット・マザー賞を受賞。「アート・パワー Art Power Boris Groys」 刊行

May 14th , 2017

フランク・ジュエット・マザー賞を受賞。グロイスの代表的著書『アート・パワー』(英語版はMIT PRESSより2008年に発行)の邦訳が出版

『アート・パワー』は、1997年から2007年までの間に、展覧会カタログや美術雑誌など様々な媒体でグロイスが発表した、美術に関する15本の論考を集めた批評集です。

収録されている論考が扱うテーマは、権力と芸術作品の関係、美術制度とキュレーターの役割の変化、芸術の自律について、社会主義国家や全体主義国家のもとでの美術、そして美術批評の機能についてと多岐にわたります。しかし、そこに通底しているのは、今日のコンテンポラリー・アートを支配する市場経済の権力に対する、冷徹な視線です。そして、その視線が明らかにするのは、このような市場経済の権力が、社会主義国家において芸術を支配していた権力のあり方と、実は地続きであるという事実なのです。

社会主義国家では美術作品は政治的プロパガンダとして現れますが、市場経済においては商品として現れます。しかし、従来の欧米の美術史は、政治的プロパガンダの美術をその分析対象から排除する傾向があり、この市場型の権力が社会主義型の権力と通じ合っている事実は明らかにされてきませんでした。その結果、美術における政治と経済のあいだの力のバランスが極度に歪められてきたと、グロイスは警告します。

そこで本書全体を通じて彼が試みるのは、政治的プロパガンダの機能を果たす美術にもう一度光をあてることであり、そうした美術のための場所を確保し、偏ったアート・ワールドのなかに力の均衡をもたらすことなのです。そして「アート」の「パワー」とは、単一の力ではなく、そもそもそのような矛盾・対立しあう諸力の均衡をもたらす力を指しています。美術は社会の中で固有の力を持ちえますが、それは自己矛盾によって力を調整し、力の均衡をもたらすようなものであるとグロイスは論じます。

そして、そのように力の均衡をもたらすような美術の実践を〈矛盾した対象(パラドクス・オブジェクト)〉と呼びます。社会主義国家のイデオロギーに動機づけられた美術と、グローバル化した市場経済のもとにある主流のコンテンポラリー・アートのどちらにおいても、〈矛盾した対象〉はそれが属するシステムにパラドクスを導き入れることによって力に均衡をもたらそうとするのです。では、美術はどのようにして〈矛盾した対象〉として我々の前に現れうるのでしょうか?また、そのときコンテンポラリー・アートを介して私たちは、社会をどのように見ることができるのでしょうか?本書はこうした問いについて、さまざまな角度から分析を行っています。

グロイスは本書の出版によって、2009年に大学美術協会(CAA)とその年に出版された最も重要な美術批評書に与えられるフランク・ジュエット・マザー賞を受賞しています。

本書「序」より

芸術の終焉後に、
新しいアートを始めるために

商品かプロパガンダか?アートはどこから来て、
今どこに向かおうとしているのか?
コンテンポラリー・アートを牽引する美術批評家
ボリス・グロイスによって明らかにされる美術の現在。

コンテンポラリー・アートとは趣味の過剰であり、そこには趣味の多元性も含まれている。
この意味で、それは多元的な民主主義の過剰であり、民主的な平等性の過剰である。
この過剰は、趣味と力の民主的均衡を安定させると同時に不安定にする。
実際、現代の芸術を全体として特徴づけているのは、このパラドクスなのだ。

私がここで告白しなければならないのは、本書に収められた私自身のエッセイもまた、
今日のアートワールドにおけるある種の勢力均衡に貢献することを願って書かれたということだ
−すなわち、政治的プロパガンダとして機能する芸術のための余地を、
アートワールドのなかにもっと見出すことを願って。

私たちが近現代の芸術(モダンアート)作品と呼ぶ、
芸術家が偶像破壊を流用して生み出したパラドクス・オブジェクトが、
以下に続く論考の、直接的ないし間接的な主題である。

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著書|ボリス・グロイス
翻訳|石田圭子、齋木克裕、三本松倫代、角尾宣信
発売|2017年2月14日
販売価格|2,500円 (税別)
出版|現代企画室

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